2010年1月27日
成田山新勝寺
千葉県成田市にある真言宗智山派の寺院。同派の大本山である。本尊は不動明王。関東地方では有数の参詣人を集める著名寺院で
、家内安全、交通安全などを祈る護摩祈祷のために訪れる人も多い。寺名は一般には「成田不動」あるいは単に成田山と呼ばれる
ことが多い。
2008年4月に開基1070年を迎えた(正確には、開基1068年にあたるが、開基1000年祭を1938年に祝ったため、2008年を開基1070年と
している)。
毎年千葉県警は正月の初詣客数発表しており、その数は2006年では275万人、2007年は約290万人となっており、明治神宮に次ぐ全
国二位、千葉県内一位である。
成田山新勝寺は平安時代中期に起きた平将門の乱の際に朱雀天皇が平将門の乱平定のため、天慶2年(939年)、寛朝大僧正を東国
へ遣わしたことに起源を持つ。寛朝は京の高雄山(神護寺)護摩堂の空海作の不動明王像を奉じて東国へ下り、翌天慶3年(940年
)、海路にて上総国尾垂浜に上陸。平将門の乱平定祈願のため、下総国公津ヶ原で不動護摩の儀式を行った。新勝寺はこの天慶3年
を開山の年としている。乱平定の後の永禄年間(永禄9年、つまり1566年頃と考えられるが未詳)に成田村一七軒党代表の名主が不
動明王を背負って現在の場所に遷座し伽藍を建立、現在の成田市並木町にある「不動塚」周辺と伝えられ、成田山発祥の地と言わ
れている。「また新たに勝つ」という語句に因み新勝寺と名づけられ、東国鎮護の寺院となった。その後、新勝寺は戦国期の混乱
の中で荒廃し、江戸時代までは寂れ寺となっていた。
江戸時代には、江戸(征夷大将軍の城下)でたびたび成田不動の「出開帳」(現代の語感でいえば、「秘宝特別公開」)が行われ
た。元禄16年(1703年)、深川永代寺(富岡八幡宮の別当寺で、廃仏毀釈により廃寺になったが、塔頭寺院が1896年名跡を再興し
た)で行われたのが初めで、江戸時代を通じて12回の出開帳が行われた記録がある。歌舞伎役者の市川團十郎が成田不動に帰依し
て「成田屋」の屋号を名乗り、不動明王が登場する芝居を打ったことなどもあいまって、成田不動は庶民の信仰を集め、成田参詣
が盛んとなる。
『ウィキペディア(Wikipedia)』引用
先日行ってきました。お正月から少し経つのにすごい賑わいでした。
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